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オールドシーマンの独り言 

三河丸船頭 芝 豊造

OLDという単語を辞書で引くとなかなか味わいがある。An old man。老人、古い人An old friend。年取った友人、昔からの友人。 まあ、それほど意味は変わらないが、 An old sea man。となると、ちょっと気になる訳がある。年取った船乗り、昔気質の船乗り、といった意味のほかに、役立たずの老人という意味があるという。
面白くない話だ。海という言葉がくっついただけで、とたんに役立たずだ。自分流に意味を考えてみた。陸にいると、砂漠の真ん中は別にして、通常文明人の住む場所には、周りに種々雑多な生命の息吹が感じられる。鳥の声、草花のそよぎ、虫たちの営み、人々の喧噪。文明の証も周囲を取り巻く。走る車や列車、飛ぶ飛行機、立ちそびえるビル。しかし、海はどうだ?海上にぽつんと置かれた人間には、空と海のほかに何も見えない。海の中に魚たちの営みがあるにしろ、それは目に見えない。海人(うみびと)の受ける刺激は限られたものだ。太陽、風雨、波、魚。当然、感性も変わってくる。oldと言われるほどに長く海と接していれば、陸に上がると“役立たず”かもしれない。うまく翻訳したものだ。だが、捨てたものでもないぞ。刺激が天然のものだけに、結構純粋な感性を身につけている。天然物の感性だぞー。近くば寄って目にも見よ!
ある日何となく思った。人は心という器が、何かで満たされていないと寂しいものだ。将来への夢、不安、好奇心などでいっぱいに満たされている少年期。向上心と怠惰のジレンマ、恋、結婚、仕事、人生の岐路に立たされる青年期。器の中をのぞく暇もない壮年期。ふと器の中をのぞくと、空になりかかっていることに気づいて、慌て始める老年期。器の中が空っぽだと寂しい。寂しいと人は残酷になる。気むずかしくなる。
孤独になる。そして、自らを粗末にする。
ご同輩、お互い空っぽにしたくないね。若い君たちも、器を空にしないように、今から準備しておこう。オールドシーマンと呼ばれる日も、案外近いよ。

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