図書館

僚船は艦隊にあらず

三河丸船頭 芝 豊造

お仲間と連れ立ってクルージングに出かける予定の方、ちょっとご用心。
初めのうちこそ、いそいそと仲良く、前になったり後ろになったり並んだり、いろんな体位で走っているが。
ところがぎっちょん、帆走好きの御仁は、酒も控えめにしてスピンランなぞおっぱじめる。ブルーウォーター派のおじさんは、星空を眺めながら酒量のピッチが一段と上がり、エンジン任せのマイペースである。
知らぬ間に、黒雲が忍び寄り、満天の闇となっていた。帆走していたヨットは風に合わせたコースを取り、エンジン主体は目的地へオンコースでまっしぐら。辺りにお互いの三色燈は影も形も無い。それぞれのヨットのスキッパーが、自分のことを棚に上げて、ぼやき、ののしる。
「自分勝手な馬鹿たれが、一緒に走らんかい!」
風がリギンを鳴らし、白波が立ち始めた。逸れるはずだった台風が、急に気が変わって、俺んちめがけてやってきた。
船足の速いほうは、早めに目的地に滑り込んだが、遅いほうは、念の入ったことにエンジントラブルに見舞われ、ツーポの帆走で四苦八苦、港に着いた時は4時間も後だった。
早く着いたスキッパーは思う。“ど下手野郎!心配かけやがって、無線か携帯で連絡しろ”言葉にすると、ちょっと違う。「遅いんで心配したぜ。大丈夫?」
遅く着いたスキッパーは思う。“調子いいこと言うな!本当に心配なら迎えに来い”言葉は違う。「平気、平気。遅れて悪かったな」
民宿で酒が入ると、本音が出て、とりあえず喧嘩になる。まあ、こうしたもんだ。
しかし、ちょっとおかしい。このスキッパーお二人とも考え違いをしている。
艦隊には旗艦に提督が乗っていて、命令一下全艦が指揮に従う仕組みになっている。
従わなければ軍法会議だ。
ヨット遊びは違う。特別に、艦隊と同じ規約を持たない限り、お互いは束縛しないし、されない。早く行こうが遅れようが、自分の船は自分で守るしかない.相手を非難したり、されたりするのは論外である。
数艇で行動を共にすることは楽しいことだが、お互いが自分の持分をしっかりとわきまえていなければ、いさかいの元になる。
ボヘミアンのおっさんの言ってた言葉が、案外的を得ているのかも知れんな。
「究極のヨット遊びは、シングルハンドだぜ」
となると…、オリーブの爺さま、ご立派!

おわり